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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)165号 判決 1999年3月30日

京都市右京区西院溝崎町21番地

原告

ローム株式会社

代表者代表取締役

佐藤研一郎

訴訟代理人弁理士

吉田研二

金山敏彦

石田純

訴訟復代理人弁理士

志賀明夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

相田義明

今野朗

井上雅夫

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成5年審判第17321号事件について平成8年5月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年1月11日に発明の名称を「半導体レーザおよびその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第3884号)をしたところ、平成5年7月13日に拒絶査定を受けたので、同年8月30日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成5年審判第17321号事件として審理された結果、平成8年5月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年7月17日にその謄本の送達を受けた。

2  特許請求の範囲1の項(以下「本願第1発明」という。別紙図面参照)

一方の導電型からなるGaAs基板の表面に順次積層された前記基板と同導電型のAlGaAsからなる下部クラッド層と、AlxGa1-xAsからなる活性層と、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第1上部クラッド層と、量子効果により前記活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持つ膜厚に設定され且つ前記基板と反対導電型のGaAsからなる保護層と、前記基板と同導電型のAlGaAs層と、前記基板と同導電型のGaAsからなる電流制限層とで第1成長層を構成し、

前記第1成長層は、前記保護層の表面が露出される深さで且つ基板側に向かって幅狭となるテーパ面をレーザー共振器波長に沿って形成したストライプ溝を有し、

前記第1成長層の上部に積層され、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第2上部クラッド層と、オーミックコンタクトを良好にするためのキャップ層とで第2成長層を構成したことを特徴とする半導体レーザ。

3  審決の理由

別添審決書の理由の写のとおりである。以下、審決と同様に、特開昭60-110188号公報を「引用例」という。

4  審決の取消事由

審決の理由2頁ないし5頁は認める。同6頁のうち、1行から6行の「双方が認めている。」までは認める。その余は争う。

審決は、本願第1発明及び引用例記載の発明の各技術内容を誤認した結果、両者は同一であると誤って認定判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  引用例には、活性層と保護層のバンドギャップについて何らの記載もなく、本願第1発明のように、量子効果に基づいて保護層のバンドギャップに着目する思想及び活性層との相対的関係において保護層を決定する思想がない。したがって、引用例記載の発明と本願第1発明の技術的思想は異なる。保護層の膜厚を単に100A以下にするという引用例の技術的思想の下では、保護層において依然として光吸収が生じてしまい、本願第1発明における「活性層22から発光する光が保護層24で吸収されず、」という効果は到底得られない。このように、本願第1発明と引用例記載の発明は、その技術的思想と効果のいずれにおいても異なるから、同一ではない。

被告は、本願第1発明において、保護層のバンドギャップが活性層のそれと同等である場合は、量子効果により「活性層22から発光する光が保護層24で吸収されず、」という効果は達成されることはないと主張する。しかし、本願第1発明におけるバンドギャップの「同等」とは、非動作時における値である。本願第1発明の半導体レーザは、動作時においては、活性層やクラッド層などの各層で発熱が生じ、特に、活性層での発熱量が他の層に比べて非常に大きくなる。したがって、この熱に起因する活性層の温度上昇が他の層に比べて大きくなり、半導体レーザの動作時では活性層の温度上昇>保護層の温度上昇となる。

ところで、温度が上昇すると半導体層のバンドギャップが熱エネルギの影響で小さくなり、その発光波長が長波長側にシフトすることが知られており、縮小度合いは温度上昇幅が大きいほど大きくなる。したがって、半導体レーザ製造時に活性層と保護層のバンドギャップが同等である場合、動作時には活性層のバンドギャップの縮小度合いが保護層のそれよりも大きいので、活性層のバンドギャップより保護層のバンドギャップの方が大きくなる。このことは、本願明細書には記載されていないが、技術常識である。

それ故、保護層の膜厚を活性層と同等のバンドギャップを持つように設定して半導体レーザを構成した場合、動作時の温度上昇に伴って保護層のバンドギャップが活性層のバンドギャップよりも大きくなり、レーザ光のエネルギ分布と保護層の光吸収エネルギ分布は重なることがなく、活性層からの光は保護層では吸収されないことになる。すなわち、本願第1発明において、保護層のバンドギャップが活性層のそれと同等になるような膜厚に設定されている場合であっても、活性層から発光する光が保護層で吸収されないという効果は達成されるのである。

(2)  審決は、引用例における活性層のバンドギャップ値を、赤崎勇「Ⅲ-Ⅴ化合物半導体」(1994年5月20日株式会社培風館発行、以下「甲第7号証刊行物」という。)の記載に基づいて1.593eVと算出した。

しかしながら、AlGaAs活性層のバンドギャップは一義的に決定できるものではなく、本願発明の出願前において近似式でしか与えられないものである。「PROPERTIES of Aluminium Gallium Arsenide」(以下「甲第4号証刊行物」という。)には、当時知られている活性層(Al=0.15のAlGaAs)のバンドギャップとして、Alの比率が0≦x≦0.45であって、室温で、1.61989eV、1.61105eV、1.63188eV、1.6275eV、1.63897eVのものが列記されており、これらの値はいずれも保護層のバンドギャップ1.6eVより大きくなる。もちろん、当業者は、これらのばらつきのある物理量を取り扱う際には、その平均値を最確値として採用しなければならないから、引用例の活性層のバンドギャップとしてこれらの平均値である1.626eV、より正確にはこれらと審決の理由に示された値1.593eVの平均値である1.620eVを採用しなければならない。したがって、引用例の活性層のバンドギャップは、保護層のそれより大きい値である。

(3)  本願発明の特許請求の範囲1の項では、「量子効果により前記活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持つ膜厚に設定され」と記載されているが、この記載における「同等」とは、「おおよそ等しい」などという曖昧な概念ではなく、その字句どおり、所定の精度以上の精度を有する近似値同士を比較してその近似値同士が等しいことを意味すると解釈すべきである。具体的には、有効数字で与えられるエネルギギャップ値(もちろん、近似値である)同士を比較し、等しければ同等であり、等しくなければ同等ではないのである。

もちろん、「同等」の意義は、対象とする技術分野に依存して決定されることは明らかであり、ある技術分野においてはメートル単位で等しければ同等であり、別の技術分野ではA単位で等しくなければ同等とはみなせないであろう。本願発明が対象とする微細構造領域では、量子効果が顕著に出現するため、A単位あるいはエネルギレベルで言えば0.01eV程度の単位で等しくなければ同等とみなせないのである。

なお、被告は、審決が採用した引用例記載の保護層のバンドギャップ1.6eVは、有効数字は小数点第一桁までであって、小数点第二桁以降は不確定であると主張する。しかし、異議申立人は、1.60eVと主張し、原告もバンドギャップ1.60eVに基づいて答弁しているものであるから、審決の「1.6eV」とは「1.60eV」の意味である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  電子のバンド間遷移に基づく光の吸収は、バンドギャップに相当するエネルギーを境に不連続的に生じるのではなく、光のエネルギーがバンドギャップ値よりも小さい付近から光の吸収が生じはじめ、バンドギャップのエネルギー値付近で吸収の山ができることが一般に知られていた。そして、保護層での光の吸収は、半導体レーザにおける光のエネルギー分布と保護層の光吸収のエネルギー分布とが重なるエネルギー範囲で生じるところ、レーザ光のエネルギーは活性層のバンドギャップ値の付近に分布しているから、本願第1発明において、保護層のバンドギャップが活性層のそれと同等な場合は、レーザ光のエネルギー分布と保護層の光吸収エネルギー分布に重なりが生じることとなり、保護層による光吸収が生じることとなる。

そうすると、本願第1発明において、保護層のバンドギャップが活性層のそれと同等である場合は、量子効果により「活性層22から発光する光が保護層24で吸収されず、」、という効果は達成されることはないから、引用例記載の発明の保護層では光吸収を全くなくすことはできないとしても、両者は効果において差異がない。

(2)  原告は、保護層の膜厚を活性層と同等のバンドギャップを持つように設定して半導体レーザを構成した場合、動作時の温度上昇に伴って保護層のバンドギャップが活性層のバンドギャップよりも大きくなり、レーザ光のエネルギ分布と保護層の光吸収エネルギ分布は重なることがなく、活性層からの光は保護層では吸収されないことになると主張する。

しかし、活性層から発生する光が保護層で吸収されなくなるためには、動作時の発熱により活性層のバンドギャップが縮小するだけでは十分でなく、活性層で発生するレーザ光のエネルギ分布と保護層の光吸収エネルギ分布の重なりがなくなる程度(0.02eV程度)に、活性層のバンドギャップと保護層のバンドギャップとの差が広がらなければならない。ところが、例えば、活性層と保護層の温度差が5℃程度の低出力の半導体レーザでは、動作時における活性層と保護層のバンドギャップの差は、0.002eVであるから、両分布は依然として重なったままであって、光吸収の減少は望めない。このように、光吸収が減少するかどうかは半導体レーザの動作条件に強く依存するのである。

ところが、本願第1発明の特許請求の範囲においては、動作条件については何ら規定されていない。そして、本願第1発明が前提としているAlGaAs系ダブルヘテロ接合レーザは、半導体レーザの構造として一般的なものであるから、本願第1発明に係る半導体レーザは、低出力のものから高出力のものまで動作条件の異なる種々の半導体レーザを包含することになる。

したがって、特定の動作条件を前提とする原告の主張は失当である。

(3)  審決で採用した活性層のバンドギャップ値1.593eVは近似値である。しかし、活性層のバンドギャップ値として、原告の主張する1.620eVを採用したとしても、引用例記載の発明の保護層の厚さが本願第1発明の範囲に含まれているという審決の判断に変わりはない。

すなわち、近似値でしか特定できないものについては、近似値同士で比較しなければならないが、その大小関係には、近似の精度の範囲の不確定性が伴うから、その精度を無視して厳密な大小関係を論じても無意義である。これを本件についてみると、引用例記載の厚さ50AのGaAs保護層のバンドギャップ値として審決が採用した1.6eVは、「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.20 No.9, SEPTEMBER, 1981 pp.L623-L626」(審決の参考資料1、以下「甲第6号証刊行物」という。)のFig.5に示された理論曲線から50Aの量子井戸の幅に対応する発光エネルギを読み取ったものであり、有効数字は小数点第一桁までであって、小数点第二桁以降は不確定であるから、小数点第二桁以降の数字の厳密な大小関係は意味をなさない。そうすると、引用例記載の発明において、保護層のバンドギャップ値1.6eVと原告の主張する活性層のバンドギャップ値1.620eVは有効数字の範囲において重なるから、両者は数値的に「同等」といえる。

仮に、引用例記載の発明の保護層のバンドギャップ値を、原告が主張するように1.60eVとみたとしても、小数点第三桁以降は不確定であり、また、原告が算出した活性層のバンドギャップ値1.620eVについても、いくつかの近似式により得られる値(0.02eV程度のばらつきがある。)を平均したものであって、0.02eV程度の不確定性が残るから、これらの精度を無視した厳密な大小関係の議論は無意味である。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

甲第2号証(本願公告公報)によれば、本願明細書に記載された本願第1発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  産業上の利用分野

本願発明は、2回のMBE成長工程を必要とするAlGaAs系ダブルヘテロ接合構造の半導体レーザ及びその製造方法に関する。(3欄16行ないし18行)

本願第1発明は、電気的性質及び光学的性質を向上せしめる半導体レーザを提供することを目的としている。(3欄39行ないし40行)

2  本願第1発明は、特許請求の範囲1の項の構成を備える。(3欄46行ないし4欄11行)

3  本願第1発明は、第1上部クラッド層と第2上部クラッド層との間に介在させた保護層でもって量子効果をきかせ、この保護層に活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持たせることができるので、半導体レーザの電気的性質及び光学的性質の向上を可能とした。

第3  審決の取消事由について判断する。

1  甲第6号証によれば、甲第6号証刊行物には、「図において、破線は理論曲線であり、理想的なノンドープAlAs/GaAsQW構造のn=1電子量子化レベルからn=1重ホールレベルへの遷移エネルギーのLz(判決注・GaAs層の厚み)に依存することを示している。得られた実験データは、Lz≧50Aの領域において理論曲線によく一致する。Lzが小さい領域では、ピークエネルギーは理論値より小さくなる傾向にある。これは、以下に述べるように主としてドーピングの効果によるものである。」(翻訳文12行ないし末行)との記載とともに、発光エネルギと量子井戸幅の関係を示すFig.5として、量子井戸の幅が50Aのときの光出力は、理論曲線は約1.60eVであり、実測値は、量子井戸の幅が約40Aのとき理論曲線より約0.03ないし0.06eV低い値が、量子井戸の幅が約60Aのとき理論曲線より約0.02eV低い値が示されていることが認められ、上記の事実によれば、引用例記載の発明の50Aの保護層のバンドギャップは、1.60eVないしこれよりもやや小さい一義的に決定できない値であって、その近似値は、小数点第一桁が有効数字とした場合には1.6eVと認められる。

もっとも、審決は、上記バンドギャップを「1.6eV」と認定しているところ、原告は、上記は、「1.60eV」の意味であるから、1.60eVと認定されるべきであると主張するものと解される。しかし、審決は、単に「1.6eV」と記載しているに止まるうえ、裁判所がこの点に関する審決の認定事実に拘束されるものでもないから、原告の主張は、採用することができない。

2(1)  甲第4号証の1(甲第4号証刊行物)、第7号証(甲第7号証刊行物)によれば、引用例記載の発明の活性層(A1=0.15のAlGaAs)のバンドギャップは一般にE(x)=a+bx+cx2

で計算されること、そのa、b、cについては様々な試算方式があり、甲第4号証刊行物の54頁のTABLE1掲記の値により試算をすれば、1.61105eVないし1.63897eV、甲第7号証刊行物の187頁表7.8掲記の値により試算をすれば1.593eVとなることが認められる。そうすると、上記バンドギャップは、上記数値の差の幅のある不確実な値であると考えるべきである。

なお、甲第4号証刊行物及び甲第7号証刊行物は、いずれも本願発明の出願後に頒布された文献である。しかし、本件のように、引用例記載の発明の活性層が引用例に記載されている場合に、それが本願発明と同一であるか否かという客観的事実の判断に当たっては、本願発明の出願後に明らかになった事実も考慮することができるものというべきである。したがって、本件においては、上記各刊行物を上記事実認定の証拠とすることができるものと解する。

(2)  もっとも、原告は、当業者はこれらばらつきのある物理量を取り扱う際には、その平均値を最確値として採用しなければならないと主張する。しかし、このようなばらつきのある値について平均値を計算したとしても、それによってその不確実性がなくなるものではなく、それがより正確になるということはできない。すなわち、平均値を採用して比較しても、結局、そのばらつきの幅を考慮して比較するほかはないものであるから、原告の主張は、採用することができない。

3  そうすると、引用例記載の発明は、保護層のバンドギャップが1.6eV、活性層のバンドギャップは1.593eVないし1.63897eVであって、その値が重なっているから、両者は異なるものではなく、同等というべきである。

4  この点に関して、原告は、本願発明が対象とする微細構造領域では、量子効果が顕著に出現するため、A単位、あるいは、エネルギレベルでいえば0.01eV程度の単位で等しくなければ同等とみなせないと主張する。しかし、前記認定のとおり、引用例記載の発明のバンドギャップについては、小数点第二位の数値が不確実である以上、その不確実な小数点第二位、すなわち、0.01eVの単位の数値が等しくなければ同等ではないということはできない。したがって、原告の主張は採用することができない。

5  なお、原告は、引用例には、活性層と保護層のバンドギャップについて何らの記載もないことを根拠として、本願第1発明と引用例記載の発明は、その技術的思想と効果のいずれにおいても異なるから、同一ではない旨主張する。しかし、引用例記載の発明の保護層が量子効果により活性層と同等のバンドギャップを持つ膜厚に設定されており、したがって、引用例記載の発明の構成が本願第1発明と同一であることは前認定のとおりである。そうである以上、引用例における活性層と保護層のバンドギャップについての記載の有無に関わらず、本願第1発明と引用例記載の発明は同一というべきであるし、また、両者の構成が同一である以上、効果が異なるものとは考えがたい。原告の主張は、採用することができない。

6  以上のとおり、本願第1発明は引用例1記載の発明と同一とした審決め判断は、正当であって、審決には原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成11年3月16日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面

<省略>

第1図は第1の発明に係る半導体レーザの一実施例を示す斜視図、第2図は第1図に示す半導体レーザ1のバンド構造を示す説明図、第3図は第2の発明に係る半導体レーザの製造方法の一実施例を説明するための参考図である。

10……基板、20……第1成長層、21……下部クラッド層、22……活性層、23……第1上部クラッド層、24……保護層、25……AlGaAs層、26……電流制限層、30……ストライプ溝、31……テーパ面、40……第2成長層、41……第2上部クラッド層、42……キャップ層。

理由

本願は昭和60年1月11日の出願であって、その2つの発明の内、第1の発明の要旨は、公告後の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「一方の導電型からなるGaAs基板の表面に順次積層された前記基板と同導電型のAlGaAsからなる下部クラッド層と、AlxGa1-xAsからなる活性層と、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第1上部クラッド層と、量子効果により前記活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持つ膜厚に設定され且つ前記基板と反対導電型のGaAsからなる保護層と、前記基板と同導電型のAlGaAs層と、前記基坂と同導電型のGaAsからなる電流制限層とで第1成長層を構成し、

前記第1成長層は、前記保護層の表面が露出される深さで且つ基板側に向かって幅狭となるテーパ面をレーザー共振器波長に沿って形成したストライプ溝を有し、

前記第1成長層の上部に積層され、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第2クラッド層と、オーミックコンタクトを良好にするためのキャップ層とで第2成長層を構成したことを特徴とする半導体レーザ。」(以下、本願第1発明、という)

これに対して、特許異議申立人シャープ株式会社が提出した甲第1号証(特開昭60-110188号公報、以下引用例、という)には、特にその第6図においそ、n型GaAs基板11上に、n型GaAlAsクラッド層(AlAs混晶比=0.45)12、ノンドーブGa1-xAlxAs活性層(x=0.15)13、p型GaAlAsクラッド層(AlAs混晶比=0.45、厚さ=0.1μm)14、p型GaAs酸化防止層15(厚さ0.005μm、即ち50A)、n型GaAlAsエッチング停止層16、n型GaAs電流阻止層17とをMBEにより成長させ、次に酸化防止層表面までのエッチングによりテーパ状ストライプ溝を形成し、更にその上にp型GaAlAsクラッド層18(AlAs混晶比=0.45)、p型キャップ層19とを成長させた半導体レーザ、が記載されている。同号証には、「作り付けの屈折率差が層14の厚み或いは層16のAl混晶比を変えることにより精度良く制御され、」と記載され、また、「本実施例は光学的にはほとんど影響を及ぼさない100A程度以下の酸化防止層15を挿入することにより、」と記載されている。これらの記載とクラッド層14の厚さを勘案すれば、同号証記載のレーザはSAS型類似の横モード安定型半導体レーザであり、酸化防止層15の厚さを100A以下として光学的にほとんど影響を及ぼさないようにした、という上記記載の意味は、テーパ状のストライプ溝が形成された領域即ちチャンネル部の光吸収を少なくして光透過性への影響を少なくした、ということであることは明らかである。

本願第1発明と引用例技術内容とを対比すると、引用例の「酸化防止層」は、保護層でもあるから、両者は、「一方の導電型からなるGaAs基板の表面に順次積層された前記基板と同導電型のAlGaAsからなる下部クラッド層と、AlxGa1-xAsからなる活性層と、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第1上部クラッド層と、前記基板と反対導電型のGaAsからなる保護層と、前記基板と同導電型のAlGaAs層と、前記基板と同導電型のGaAsからなる電流制限層とで第1成長層を構成し、

前記第1成長層は、前記保護層の表面が露出される深さで且つ基板側に向かって幅狭となるテーパ面をレーザー共振器波長に沿って形成したストライプ溝を有し、

前記第1成長層の上部に積層され、前記基板と反対導電型のAlGaAsからなる第2クラッド層と、オーミックコンタクトを良好にするためのキャップ層とで第2成長層を構成したことを特徴とする半導体レーザ。」という点で一致する。ただ、本願発明における保護層が、量子効果により前記活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持つ膜厚に設定されものであるのに対して、引用例技術内容はその点が明記されていない、という点で一応両者は相違する。

よって、上記相達点について以下検討を行う。

引用例技術内容における厚さ50Aの保護層(酸化防止層)のバンドギャップは、異議申立人が提出した参考資料1(J.J.of Appl.Phys., Vol.20,No.9,September 1981,pp.623-626)のFig.5によれば、1.6eVであることは、異議申立人及び審判請求人双方が認めている。一方、引用例技術内容におけるノンドープGa1-xAlxAs活性層(x=0.15)のバンドギャップの値については、異議申立人の主張と請求人の主張は双方食い這っており、その算出根拠も明らかでないが、別の文献(赤崎勇著「Ⅲ-Ⅴ化合物半導体」1994.5.20、株式会社培風館発行、第187頁)における

ε2(Γ)=1.420÷1.087x÷0.438x2

(但し、Γ:2π/a・(0、0、0)、Xc(Γ-X)=0.43)という算式でx=0.15の場合のGa1-xAlxAsのバンドギャップ数値を算出すると、1.593eVとなる。

従って、引用例技術内容においても、保護層(酸化防止層)が、量子効果により前記活性層と同等又はそれ以上のバンドギャップを持つ膜厚に設定されている、と云うことができる。

ただ、数値的に引用例技術内容の保護層厚さが本願第1発明の範囲に含まれている、というばかりでなく、その厚さが光吸収を少なくして光学的特性に影響を及ぼさないようにする、という本願第1発明と同等の意義を有することも、引用例には示唆されているものと認められる。

以上のとおりであるから、本願第1発明は引用例に記載された発明と同一であり、また、本願発明の発明者が引用例の発明者と同一であるとも、本願の出願時にその出願人と引用例の出願人とが同一であるとも認められないから、本願第1発明は特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることが出来ない。

そうである以上、本願第2発明(特許請求の範囲第2項)については、検討するまでもなく拒絶されるべきものである。

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